神奈川県水産技術センター、水産技術研究所、聖マリアンナ医科大学の3者は、マグロから見つかった極めて強い抗酸化物質「セレノネイン」に着目し、マグロを継続的に食べることによる、生活習慣病対策やアンチエイジングなどのヒトへの未病改善への有効性を共同研究しています。
今回は、聖マリアンナ医科大学の遊道先生に、共同研究に参加した経緯から、血合いあらため茜身(あかねみ)の可能性、そして未病対策の最前線についてお話を伺いました。

話し手
学校法人
聖マリアンナ医科大学
医学博士 遊道 和雄
PROFILE|プロフィール
鹿児島大学医学部卒業(1988年)
富山医科薬科大学医学部大学院博士課程修了(1994年)
専門/担当分野:整形外科学、リウマチ学、骨・軟骨代謝学、再生医療
聞き手
神奈川県 水産技術センター
企画研究部 企画指導課 原田 穣
整形外科の専門医がマグロの茜身を研究!?

原田(以下 「――」)本日は、マグロの茜身(血合い)研究の最前線に立つ方々に、学術的なお話というよりも、研究にまつわる幅広いお話や体験談、先生ご自身のお考えをお聞きします。まずは自己紹介をお願いできますか?専門分野やこれまでの研究、それから好きな魚料理も教えてください。
遊道先生(以下 「遊道」)私はもともと整形外科が専門分野でして、骨粗しょう症や変形性関節症、加齢、エイジングに伴って増えてくる病気の原因などの治療法の研究を続けてきました。
老化学とか健康長寿の維持方法の具体的な治療研究を進める中で、強力な抗酸化力を持った食品、というものを探索してきたなかで、マグロの茜身にたどり着きました。好きな魚料理は、お刺身、煮付けなど全般が好きです。魚はもちろん野菜も含めて探索のスタート地点となりました。
――整形外科は、患者さんはご高齢の方が多いかと思うのですが、診察や研究で、高齢の方を対象とするにあたって気を付けていらっしゃることはありますか?
遊道そうですね、多くの患者さんは「今ある痛み、変形をなくしてほしい」とおっしゃるのですが、誰でも歳を取りますし、それに伴って起こる骨粗しょう症、骨の減少、軟骨の変形、関節の痛み・変形・・・そういったものをなくすことはできません。そこで「進行を遅くするということ」と「なくすということ」の違いをまず理解していただくことが大事だと考えています。
いかに進行を遅くしていくか、または生活の中で工夫していくかを第一にご説明した上で、治療に入るようにしていますね。
――もう一つ、体が動かなくなることをきっかけに老化が加速する、体が動かなくなった時から認知症が進むなどと聞きます。そういった理由からも整形外科の重要性は高いのではないかと。その辺りはどうお考えですか?
遊道はい。生きていく中で、食べる・動く、ということは極めて重要ですから、その大元になる骨格・筋肉が弱くなっていくのをいかに止めるかというのは、整形外科の守備範囲になります。整形外科の役割は、骨折治療とか怪我を治すだけ、と思われがちですが、日常生活の動きが落ちてくることへの対応も、整形外科の仕事だと考えています。
――ここからは少し話題を変えまして、先生とマグロを始めとした水産物との関わりについてお聞きします。研究だけでなく私生活や趣味も含めて、どのような関わりがありましたか?
遊道出身が富山、石川、その辺りの北陸ですので、海産物、海鮮料理というものが非常に豊富で、昔から馴染みがありますね。
――マグロについてはいかがでしたか?
遊道北陸はブリの方が多かったんですけれど、最近は自分で神奈川の方に行き、マグロも食べていまして、大変好きです。マグロは、これほど人気があって、そしてよく食べられている。
是非もっと食べられるように、料理の幅が広がってくれればいいなと思っているんです。
――そうしますと、今まで研究では水産物は扱われていなかったということですか?
遊道最初から水産物系を研究していたわけではないですね。始まりは、健康長寿、老化学の研究の中で、キノコに含まれる「エルゴチオネイン」という天然の抗酸化物に注目したことです。「エルゴチオネイン」の健康への効果を研究する中で、それより約1000倍抗酸化力が強い天然物質である「セレノネイン」というものにたどり着きまして。「セレノネイン」が豊富に含まれているマグロ、特に血合いというものに注目して研究をしようと思い立ったわけです。
そうしたところ、今度はごく近くに水産研究教育機構があるということで、山下先生、世古先生のご指導を得て研究を進め、更に神奈川県の水産技術センターと三つの研究機関での共同研究に広がっていったのです。
100人がマグロを実食して効果を検証

――今回行った茜身の研究の特長を教えていただけますか?
遊道大学の研究室での実験では、精度も高いですし、強力な力があることは証明できるのですが、人に対して再現されているかというところになると、対象が1人2人では評価ができません。いろいろ試行錯誤しまして、今回、100人というある程度まとまった人数で、実際に食べてもらっての臨床研究ができたということになります。
――100人規模での一斉研究というのはあまりないことなのでしょうか?
遊道恐らく今回(令和2年に計画スタート)が初めてかと思います。「エルゴチオネイン」については、数10人規模で、キノコ自体ではなく抽出した物質に対する臨床研究でした。今回のように生のマグロの肉を食品として食べていただき、その後の効果を評価したのは初めてだと思います。
――今回が初めての水産物の研究とのことですが、工夫されたり苦労されたところは?
遊道3つの共同機関で役割分担をし、私どもはやはり未病対策、老化予防、食による長寿や健康の改善を謳いたいというところがありました。ただ、研究機関ですので科学的な指標を用いて評価することになるんです。食べた後の感触などのアンケートでもいいのですが、何かデータとして指標となるものを見つけなければならず、その絞り込みなどはすこし大変でしたね。
――マグロの血合い研究から始まって、現在は、茜身として普及を図っていく段階まできたわけですが、本研究を通しての感想を教えてください。
遊道そうですね。100人規模の臨床研究を行いました。また、間もなく公表される、対象を変えた臨床研究も行いました。それから、今一度実験室に立ち戻って、マグロを人の消化酵素でドロドロに溶かした上で、人の細胞に振り込む、食べたときの体の中で起きていることを再現したときに、どのようにデータが出てくるのかという実験も行っています。3つの観点での研究で、それぞれいい結果が出てきていますので、広く自信を持って読み取っていきたいと考えています。
――成果が出ているなかで、周囲の方の感触や変化は感じましたか?
遊道臨床研究には、私の大学の職員の方にも参加してもらったのですが、実際に食べた後の感触として、「何となく肌がツルツルになった」「血色がよくなった」「化粧のノリがよくなった」「何となく疲れの感じが違う」なんて言われました。
これらはなかなか数字になりにくいんですが、そういった感想が寄せられたのと、「今後続けないのか」「またやってほしい」「いくらでも参加します(笑)」というようなコメントもありましたので、どのようにして食べていくかという工夫ができれば、茜身というものはすごく有効なんだろうなと思います。
お肉に代わる素材、強力な抗酸化作用を持った茜身の可能性

――茜身への期待は大きいですね。今後、どのような活用の可能性を考えていますか?
遊道私どもはやはり大学としての研究機関ですので、神奈川県はもちろん、日本、そして世界に対して、その良さを発信していかないといけない。その際に、「こういう理由で効くんです」といった科学的な根拠をしっかりと示して発表していくことは、私どもの役割だと思っています。
一方で、世の中の人に広く受け入れてもらうためには、安全性や品質担保が必要になります。そこは、水産技術センター、水産大学等、いろいろな方々の専門的な知恵をお借りしたりして、もう一段、もう二段上の段階にいければと考えています。
――先生も、茜身料理を何点か召し上がられたと思いますが、いかがでしたか?
遊道
そうですね。研究に参加して実際に食べてもらった教職員の方からは、「生の物をごま油でいただいたものが、一番美味しかった」と聞きました。生ということで恐らくそれだけ鮮度が良いものを提供してもらったのかと思いますが。レバーのようで、臭みもなくいただけたと。
実は私も茜身の中ではこれが一番好きなんです。もうほとんど上質の肉のようですね。今後も、いろんな加工、いろんなメニューやレシピが開発されていけばいいですね!
――では先生、どういう方向の料理にしたらいいでしょう?
遊道料理は専門外なんですけれども、まず元々の素材の良さがありますし、山下先生、世古先生のご指導によりますと、熱を加えてもあまり変化分解しないということで、それであれば、加熱して家庭のお料理にも使えますよね。お肉に代わる、非常に強力な抗酸化力を持った素材ということでも使えるのかなと思います。
――ありがとうございます。
楽しみながら未病対策。三浦モデルを確立したい

――三崎の地元では、茜身を使った料理はもう50メニューに手が届くほどの数になっていて、それだけ商店街の方々も期待を持っています。先生は、三崎という場所には何回か来られているかと思うのですが、どんな印象をお持ちですか?
遊道風光明媚ですし、私も海の側というのが好きですので、いずれは今回ご提供いただいた飲食店とメニューのリストをもとに、全ての料理を制覇したいですね。
1日では制覇できませんので、暖かくなったら自分用のリストを作って、数ヶ月かけて全部食べてみたいなと思います。食べ歩きをする、食べるのが好きな友人が何人もいますので、仲間を募って全てのメニューを制覇していこうと思っています。
――ぜひトライしてみてください!最後に、本研究に関わらず、今後やってみたい研究はありますか?
遊道今一番に考えているのは、この茜身をある程度安定供給できる三浦地区のなるべく多くの方々に、実際に食べてもらう研究です。例えば、週何回と決めて定期的に食べてもらい、1年半とか長期的に実際の効果を見ていく。三重県で行われたコホート研究、前向き研究などを見ますと、1年ぐらい評価すると、実際の効果、例えば嚥下障害の予防、認知症や体力の低下への効果など、一般の方も理解しやすいような項目の評価ができるので、ぜひやっていきたいです。
――神奈川県としても未病対策に取り組んでいますが、県の内部にいる人間からしても、必要性は分かるんだけれども、なかなか効果が見えづらいところがあるかと思うんです。
遊道今まで、本当にいい素材があるのに、評価の指標があまり明確に示されていなかったことがあります。また、中期長期ぐらいのところで、実際の高齢者の方、そして可能であれば若い壮年層や実際に働いている年代の方も対象として、年齢層を分けて評価していくと、非常に大きな、全国的にも注目を受けるスタディになると思いますね。
――特に三浦市は、高齢化が進んで人口が減少している中で、若者を呼び寄せることがなかなか難しい状況です。
遊道そうですね。研究を通してほんの少しでも背中を押してあげることができれば違ってくるかなと思いますね。
――逆の考えとして、動ける高齢者の方が増えれば、町に活気が出てきますよね。
遊道はい、各々の能力や体力に応じた社会貢献をしてもらえれば、町全体の活気も上がっていきます。ただ、何かきっかけが必要ですよね。折角ですから、例えば、茜身と運動などを組み合わせて、プログラムとして市や地区で取り組む。「半年後1年後、こうなりました」という結果を世の中に出して実証する。
対象者全員が変わるわけでなくとも、母集団が例えば1000人とか2000人ですと差が出てくることがありますので、そうなると未病対策の、本当の意味での回答に近づけるのかなと。
それを今度は、三浦モデルみたいな形で、他の地域でやってみるとか全国に広がれば、とてもいいかなと思いますね。
――効果が認められている茜身を組み合わせた形で、というのは、ある種、楽しみながら対策ができますね。
遊道ええ、その通りです。食べながら、できれば観光もしながら。
――新しいものや、いろいろなものを組み合わせた未病対策は、これまで系統的にやってきていないのかもしれません。
遊道ほんの少し背中を押して工夫をして、できれば一般の方に参加してもらい、結果を積み上げるのがいいと思います。
――そうですね。本日はありがとうございました!